今日は涙が止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

小林麻央さんが旅立たれた。

 

 

 

 

 

テレビ番組「さんまの恋のから騒ぎ」。

当時19歳の麻央ちゃんが

処女であることを

告白し、

「こんなに美しい人が処女!!」

という衝撃。

 

 

 

 

当時も今も

おっさん魂のこけしは

「処女!処女!マリア!」と

テレビの前で

麻央ちゃんに手を合わせていた。

 

 

 

 

 

 

その美しさと

知的さと

アニメみたいな可愛い声と

清らかすぎる

エネルギー。

 

 

 

 

テレビを通してしか

知ることはないけれど、

テレビから感じていた

麻央ちゃんは

本当に

裏表のない

清らかな人。

 

 

 

 

そして光。

 

 

 

 

光すぎて

なんだか人間離れしてた。

 

 

 

 

こけしも

市町村で行っている

乳がんの検査に軽い気持ちで

受診したら

乳がんの検査で影が見つかり

マンモ専門の病院で

再検査したことがあった。

 

 

 

 

「影がある・・・」と

検査する方が眉間にしわを寄せながら言い、

何度も何度も

超音波を胸に当てる。

 

 

 

あの時の暗い検査室。

深刻な表情の検査する女性。

自分の怖い気持ち。

超音波の冷たさ。

 

 

 

今でもよく覚えている。

 

 

 

 

専門の病院で

一刻も早く再検査をしたかったが

どの病院も

数週間待ち。

 

 

しかし、

唯一即日対応しくてくれた

病院があった。

 

 

それはこちら

浦添市 Dr久高のマンマ家クリニック

 

 

 

こけしがすぐにでも再検査をお願いしたい旨を

伝えたところ

 

「不安ですよね。わかりました。

すぐに検査させていただきます」と

 

即日受けてくれた。涙

 

 

 

今でも

マンマ家クリニックには本当に

感謝している。

恐らく患者さんでいっぱいだったはずだが

こけしの気持ちを汲み取り

すぐに再検査をしてくれた。

 

 

 

 

そして

マンマ家クリニックで

細胞診という検査をした。

 

 

胸にあるしこりに

細い注射針を刺して

細胞を吸引する検査で

とても痛くて怖かった。

 

けれど

久高先生もスタッフのみなさんも

とても温かく丁寧に対応してくださり

不安な気持ちも

少し落ち着いた。

 

 

 

検査の結果が出る数週間。

悪性だったらどうしようと・・・と

怖くて怖くて

心ここに在らずだった。

 

 

福ちゃんにも再検査についてお話したけど、

福ちゃんは動揺もせず

いつものように過ごしていた。

 

 

けど、

そのいつもと同じすぎる福ちゃんの様子から

(あまりピンときてないのかな?)とも

感じ、少し憤りもあった。

 

 

 

 

 

 

検査結果を聞きに行く日。

福ちゃんと一緒に病院へ行き

診察室に入った。

 

 

 

 

 

悪性だったどうしよう・・・

悪性だったらどうしよう・・・

 

 

足の先が冷たくなって

頭がジンジン痺れ

息をするのも苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久高先生から検査の報告があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良性ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・との

先生の報告と同時に

大きな大きな泣き声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福ちゃんが泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いていたなんて

もんじゃない。

 

 

 

 

 

 

ダム崩壊レベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こけしの隣で

それまでいつものように

何も変わらず静かに

過ごしていた

福ちゃんが

大きな目から

大粒の涙を流しながら

大きな声で泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方

こけしは

自分の感情を瞬時に

思考で押さえ込んだ。

結果報告を聞いた時、

安心して

こけしも泣き出したかったのに。

 

 

お医者さんの前だから

今は泣かず

診察が終わってから泣こうと

自分の安心した気持ちを

押し込めた。

 

 

 

 

けど、

福ちゃんは

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心したあ・・・うっうっ・・・おえっ」と

 

 

心のままに泣いていた。

 

 

 

 

福ちゃんゲロ吐くんじゃねーか?と

ちょっと焦るぐらい泣いてた。

 

 

 

 

 

 

先生が

「旦那さん。心配だったよね」と

福ちゃんに声をかけてくれていた。

 

 

 

 

車に戻り

こけしも思い切り泣いた。

 

 

福ちゃんは

こけしから再検査のことを

聞き、

不安だったけれど

一番不安なのは

こけしだから

自分はいつも通りにしようと

思って日々過ごしていたと

泣きながら話していた。

 

 

 

福ちゃんも

心配だったんだね

不安だったんだね

怖かったんだね。

 

 

 

 

自分以上に自分を

思ってくれる人がいる幸せ。

これ以上に幸せなことって

あるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も定期的に経過観察していたが

異常なく経過中のこけし。

 

 

そんなこともあり

麻央ちゃんの乳がんのこと

幼き二人の子供がいることも

自分と重ね合わせ

麻央ちゃんのブログを読み

心の中で

いつも応援させてもらっていた。

 

 

 

心のどこかで

麻央ちゃんはきっと元気になる!

死ぬわけない!と

思っていた。

 

 

 

だから

今日お店でお買い物中。

福ちゃんから

麻央ちゃんが亡くなったことを

聞かされた時、心臓が止まりそうだった。

 

 

 

 

驚きと当時に

涙が止まらなくなった。

 

 

 

 

麻央ちゃん、光の場所に旅立ったんだね。

もう痛くないね。

苦しくないね。

 

麻央ちゃん。

本当に本当に

命を生ききったね。

愛する旦那さん

可愛い子供達

沢山の人に愛され

勇気付け

きっと彩豊かな人生だったよね。

 

 

けど、

麻央ちゃん。

二人の子供のこと

きっと近くでもっとずっと

見ていたかったかな。

 

 

きっと

肉体で

子供の温かさ、

匂い

柔らかさ

可愛さを感じたかったかな。

 

 

 

 

闘病中の

辛い気持ちも

悲しい気持ちも

幸せな気持ちも

全て懸命に伝えてくれた

麻央ちゃん。

 

 

 

娘さんが描いた絵が

とても印象的。

そしてその時の娘さんの言葉も。

 

小林麻央さんのブログ「KOKORO.」より。

「『ママは優しくて光ってるから

頭の上に光の玉を乗せてるの』と言って

いたそうです。

娘が私を思ったとき

一番にくるしくみえていないことが

私の心の救いです」

 

 

全身全霊で

「生きる」ということを

見せてくれた麻央ちゃん。

 

 

 

 

そして6月23日は

沖縄にとって大切な大切な1日。

慰霊の日。

戦争によって多くの命

沖縄の自然がことごとく奪われた沖縄戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

こけしは

「自分」を生き抜いているか?

 

 

命を使い切っているか?

 

 

肉体を離れる瞬間に

後悔しない日々を過ごしているか?

 

 

 

命を使い切って

生ききると誓った日!

 

 

 

 

 

麻央ちゃん。

ありがとう。

 

 

 

沖縄。

ありがとう。